マミヤプレスの種類

●マミヤプレスの歴史

 マミヤプレスの初代モデルは,1960年に発売された。
 国産カメラには,6×6判よりも大型のものがほとんどなかった時代である。6×9判(ないし4×5判)の撮影ができる国産カメラは,マミヤプレスのほかには,トプコン・ホースマンプレス,トヨビューとアートビューだけだったと,「写真工業」1960年12月号の記事に書かれている。初代マミヤプレスは,他の3機種とは異なってアオリが後部アオリだけに限定されているものの,全体に小型軽量であり,レンズ交換や距離計への連動が簡単にできるようになっており,スナップ等にも向いたカメラとして紹介されていた。
 マミヤプレスはモデルチェンジが重ねられ,大きくわけて全部で6種類のバリエーションがある。最終モデルであるマミヤユニバーサルプレスのブラックボディの発売は1971年8月,その後,日本カメラショーの「カメラ総合カタログ」では1989年版まで掲載されていた。

●マミヤプレスの各モデル

▼初代マミヤプレス

 マミヤプレスの初代モデルは,後部アオリ機構をそなえており,フィルムホルダのかわりにピントグラスを取りつけて,ピントグラスで構図を整えたりピントをあわせたりする,テクニカルカメラとしての撮影が可能だった。また,ビューファインダーにはレンズのピントリングと連動する距離計が内蔵されており,手持ちでスナップ撮影も可能だった。このように,さまざまな場面に対応できる万能カメラだったのである。
 6×9判専門機として(「カメラ総合カタログvol.3」,1960年),ロールフィルムホルダ,乾板用撮り枠,パックホルダが用意されていた。カタログに掲載された製品写真では,ロールフィルムホルダであなく,パックホルダ(ピントグラスホルダ)が装着されているように見える。
 標準レンズはMamiya-sekor 90mm F3.5,後部アオリを使用したときにも無限遠にピントがあうように1cmほど沈胴するようになっている。同時に広角レンズMamiya-sekor 65mm F6.3と長焦点レンズMamiya-sekor 150mm F5.6が供給されている。
 1960年9月発売。

▼マミヤプレスG

 マミヤプレスのフィルムホルダは,S字型の断面をもつ独特の形状をしたものである。平面性のよさに定評はあるが,長いので収納などに工夫が必要である。
 マミヤプレスGは,マミヤプレス用フィルムホルダのかわりに,コンパクトなグラフレックス社のグラフロックバックおよびホルダを使用するようになったものである。現在,中古カメラ市場でこれを見かけることは稀である。
 1963年11月発売。

▼マミヤプレスS

 後部アオリ機構とレンズ交換機構が省略された,マミヤプレスシリーズの廉価版である。レンズは,Mamiya-Color-Sekor 105mm F3.5が固定されている。ロールフィルムホルダは交換可能なので,これをピントグラスにつけかえて,ピントグラスで構図やピントを調整するような撮影方法も可能であるが,このカメラはスナップ撮影に特化したモデルであると考えた方がいいだろう。
 1964年6月発売。

▼マミヤプレス スタンダード

 初代マミヤプレスから後部アオリ機構を省略したモデル。アオリ撮影をしないなら,このようなシンプルなモデルのほうが扱いやすいし,不用意にアオリ機構が動いてしまうような事故にあうことも防ぐことができる。
 「カメラ総合カタログvol.28」(1967年)では,初代マミヤプレスとともに掲載されている。ロールフィルムホルダは「レバー式」になっており,6×9判用と6×7判用とが用意されている。また,交換レンズに,100mm F2.8が追加されている。
 1965年7月発売。

▼マミヤプレス スーパー23

 マミヤプレスのフルモデルチェンジ版で,後部アオリ機構つき。ファインダー窓が大きくなり,交換レンズに応じたブライトフレームの切り替えも可能になった(100mm,150mm,250mm)。標準レンズはMamiya-sekor 100mm F3.5になり,マウントの形状は従来モデルと共通だが,ボディにはめこんだ後,ボディ側のリングを回して固定するスピゴット式に変更されている。初代マミヤプレスからマミヤプレススタンダードまでの機種を「旧プレス」,マミヤプレススーパー23以降の機種を「新プレス」と分類することにしている。
 「カメラ総合カタログvol.32」(1968年)では,マミヤプレススタンダードとともに掲載されており,マミヤプレススーパー23がアオリつきの初代マミヤプレスの後継機であることがわかる。ロールフィルムホルダに,マスクをはめることで6×9判のほかに6×6判,6×4.5判の撮影が可能な「K型」が追加されている。交換レンズがさらに充実し,超広角50mmレンズから望遠250mmレンズまで用意されるようになった。
 1967年8月発売。
 ブラックボディは1969年10月発売。

▼マミヤユニバーサルプレス

 後部アオリ機構を省略するかわりに,アダプタを介してさまざまな規格のフィルムホルダを使用できるようにしたモデルである。平面性に定評のあるマミヤプレス用のロールフィルムホルダを使用するときは,標準的に装備されている「Mアダプタ」を装着する。グラフロックバックを使用するときは,オプションの「Gアダプタ」を装着する。Gアダプタは,やや希少な存在だ。これらのアダプタをはずしたときは,ポラロイドフィルム用のバックを装着できるようになる。6×9判よりもサイズの大きいポラロイドフィルムをカバーするための標準レンズは,Mamiya-sekor 127mm F4.7Pとなる。ポラロイドフィルムを使って証明写真を撮影するための4眼アダプタや2眼アダプタなども用意された。
 「カメラ総合カタログvol.35」(1969年)では,交換レンズに,ポラロイド撮影用の127mm F4.7と75mm F5.6が追加されたほか,100mm F3.5レンズがクロームタイプからブラックタイプに変更されていることがわかる。また,250mm F5は「ユニバーサルおよびスーパー23専用」と記されるようになり,距離計に連動しない250mm F8レンズも追加されるなど,レンズのラインアップがもっとも多かった時期にあたるようだ。
 マミヤユニバーサルプレス発売後の1982年(「カメラ総合カタログvol.73」)に,ロールフィルムホルダ3型(6×9判用と6×7判用とがある)が登場した。ロールフィルムホルダにシャッターレリーズ用のボタンが設けられ,これとレンズとを専用のケーブルレリーズで結べば,引き蓋の抜き忘れや二重露光を防止することができるようになる。
 1969年4月発売。
 ブラックボディは1971年8月発売で,マミヤプレスシリーズの最終モデルとなった。

▼カメラの発売年月は,マミヤデジタルイメージング社のウェブページによる。
 http://www.mamiya.co.jp/home/camera/museum/janru/chu-renjifain.htm


戻る